裁判員制度発足における就業規則の留意点

2022年1月30日

裁判員制度発足における就業規則の留意点

2009年5月21日から裁判員制度スタート

 本年(2009年)の5月21日から、裁判員制度がスタートします。

 裁判員制度がスタートするにあたり、就業規則にはどのような定めをする必要があるのか、気になるところだと思われますので、まとめてみました。

2008年11月28日頃「裁判員候補者名簿への記載のお知らせ」送付

 2008年11月28日頃に、裁判員候補者名簿に登録された方に「裁判員候補者名簿への記載のお知らせ」が送付されたとのことですが、自分の関与先でもお一人だけ、送付の例がありました。

 みなさまの会社では、すでに社内規程の対応はお済でしょうか?

 就業規則での定めとなると、
「特別休暇の対象となる事由や特別休暇の具体的内容などについて定める必要がある」ということでしょう。

 以下、裁判員等の仕事に従事するための特別休暇に関する規定を定めるに当たり、どのような点に注意すべきか順を追って確認します。

裁判員等の仕事に従事する日の考え方

 労働基準法第7条は、
「使用者は、労働者が労働時間中に、選挙権その他公民としての権利を行使し、又は公の職務を執行するために必要な時間を請求した場合においては、拒んではならない。但し、権利の行使又は公の職務の執行に妨げがない限り、請求された時刻を変更することができる。」
 と定めています。

 労働基準法第7条の「公の職務」とは、国会議員や労働委員会の委員の職務等法令に根拠を有する公の職務を指し、裁判員等としての職務も、この「公の職務」に当たります。
 (昭和63年3月14日基発第150号、平成17年9月30日基発第0930006号)

 したがって、裁判員等としての職務を遂行するために必要な時間を労働者から請求された場合、使用者は、これを拒否することはできません。

 もっとも、法律上は、「公の職務を執行するために必要な時間」について、有給にすべきことまでは要求していませんので、有給にするか無給にするかは使用者が任意に定めることができます。

特別休暇に関する規定について

 このように、使用者は、労働者から、裁判員等としての職務を遂行するために必要な時間を請求された場合、これを拒否することはできず、またその時間の賃金の取扱いは任意に定めることができますので、使用者は、あらかじめ、裁判員等となった労働者から、必要な時間を請求された場合の取扱いを定めておく必要があります。

 労働者から必要な時間を請求された場合の取扱いとしては、次の方法が考えられます。

  1. 必要な時間の付与
  2. 特別休暇の付与

 以下では、「裁判員休暇」等の特別休暇を付与する制度を設ける場合について、どのような点に注意すべきかをご説明します。

特別休暇の対象となる事由

 まず、どのような場合に特別休暇を付与するかを明確にする必要があります。

 例えば、「公の職務を執行する場合」と規定すると、地方議会議員を兼務している労働者が議員としての職務を遂行する場合も同規定に当たることになります。
 そうすると、「公の職務を執行する場合」の特別休暇を有給として取り扱うこととすると、労働者が議員としての職務を遂行する場合の休暇に対しても、賃金を支払わなくてはならないことになってしまいます。

 したがって、裁判員等としての職務を遂行するための休暇については有給とするが、議員等としての職務を遂行するための休暇については無給としたいような場合には、「裁判員、補充裁判員、選任予定裁判員または裁判員候補者としての職務を遂行する場合」と具体的に特定して定めておくべきでしょう。

特別休暇の具体的内容

 次に、裁判員等としての職務を遂行するための特別休暇の具体的な内容について定める必要があります。

 まず、何日間の特別休暇を付与するかを定めておく必要がありますが、必要な休暇日数は、裁判員等として関与する事件等によって異なりますから、「裁判員等の職務を遂行するために必要な日数」と抽象的に定めておきます。

 また、特別休暇を有給とするか無給とするかを、給与規定等で定めておく必要があります。
 有給とする場合は、具体的に支給額まで定めておかなくてはなりません。

 なお、完全月給制の場合は、労務の提供がなくても月給から賃金を控除しないという制度ですから、裁判員等が特別休暇を取得しても、その日の賃金を月給から控除することはできません。

不選任となった場合の取扱い

 裁判員候補者として裁判所に出頭しても、全員が裁判員等に選任されるわけではなく、不選任となる場合もあります。

 不選任となった場合、半日で終了するので、労働者が複数日の特別休暇を取得していた場合の取扱いについても定めておく必要があります。

 たとえば、「不選任となったときは、休暇は当日のみとする。」、または「不選任となったときは、翌日以降の休暇は成立しない。」と定めておくと良いでしょう。

有給休暇手当と裁判員等が受け取る日当との差額支払いは可能か?

 ところで、裁判員休暇を有給にする場合、この有給の額を、会社が本来支払うべき有給休暇手当と裁判員等が受け取る日当との差額として支払うことにすることはできるのでしょうか?

差額のみを支払うことも特別休暇の場合には可能

 裁判員休暇を有給とする場合には(そもそも休暇を有給とするか無給とするかは会社の判断に委ねられています)、会社から受け取る賃金と、裁判員に対して支払われる日当の両方を受け取ることになり、二重取りとして問題になってしまうのではないかという懸念があります。

 しかし、裁判員の日当は、職務に対する報酬ではなく、裁判員の職務を行うに当たって生じる損害の一部を補償するという性格を有するものですので、報酬の二重取りには当たりません。

 また、そもそも裁判員休暇に対して企業がこれを有給とするか否かは自由に決することができるのですから、あらかじめ、裁判所から日当を貰えると分かった上で、有給にする決定をした以上、両方を受け取ることに問題はありません。

 最高裁判所HPにおいても、
「裁判員が有給休暇を取って裁判に参加した場合、日当と給与の両方を受け取ることになり、問題になりませんか。」との問いに対し、

「日当は裁判員の職務に対する報酬ではありませんので、裁判員が有給休暇を取って裁判に参加した場合でも、日当をお受け取りいただくことに問題はありません。」とされています。

 それでは、本来会社で1日勤務していれば12,000円の賃金を受け取ることができたが、裁判員の職務に就いたため、8,000円の日当しかもらうことができない社員に対して、本来1日勤務していれば得られたであろう12,000円と8,000円との差額である、4,000円のみの支給とすることもできるのでしょうか。

 前述のとおり、裁判員休暇についてはそもそも無給とすることも可能なのですから、単に有給とするのではなく、本来働いていたのであれば得られた金額との差額のみ支給するといった制度を構築することも、そのような特別休暇制度として設定した場合には可能ということになります。

 ただし、このような場合、就業規則もしくは付属の賃金規程などに定めを置く必要がありますが、これについて単に「有給とする」という定めを置くだけでは、1日分の賃金を支給することとなってしまいますので、

 「裁判員特別休暇を取得した者に対しては、当該日について所定時間労働した場合に得られる賃金と裁判所から受領した日当との差額のみを支給する」
 などといった規定にしておくことが必要となります。

 会社が有給の裁判員休暇を労働者に対し付与する場合に、この場合の手当の額を有給休暇手当と日当との差額とすることは、就業規則等に定めを置けば可能ということになります。