<本章の規定>
この章は、採用、異動等に関する事項を定めています。
採用は、就業規則の任意的記載事項であり、記載するか否かは会社の判断によります。一般的に記載される事項は、採用の基準、採用方法、応募時の提出書類、採用決定時の提出書類などに関する規定があります。
就業規則は、基本的には従業員としての地位を既に確保した者を対象としていますが、まだ従業員の地位を持たない者に関する募集の手続や採用基準を記載することにどんな意味があるのでしょうか。それは、採用を公明正大、厳正に行うことや、従業員として適格な人物を採用するという企業の姿勢を示し、従業員のモラールを向上させること、また、雇用形態別に採用の手続を明確にしておくことで採用後に労使紛争が生じたときに雇用形態別に企業の主張が可能になるというような意味があるものと考えられます。 そのような考え方からしますと、内定及び内定取り消しについての事項も就業規則に記載することが考えられます。 実際に一部の企業では、内定及び内定の取り消しについての記載も見られます。
試用期間の条項は、入社後一定期間に職務遂行能力や従業員としての適格性を審査し、期間の終了後に本採用をするか否かの決定をするという大切な意味をもっています。
異動は、相対的必要記載事項ですが、主に配置転換や転勤、出向、派遣などについて規定します。 企業内での人員配置をスムーズに実施するために必要な事項です。
【規定例】
採用決定後の提出書類については、入社時に必要と思われる書類等をすべて就業規則に記載しておきます。
規定例では、「(5)その他会社が必要とする書類」としてあるので、実際にはその都度任意に必要書類を求めることができますが、出来れば具体的に記載しておいた方が間違いがないでしょう。
<規定例以外に追加記載が考えられる書類>
「誓約書」は、従業員として入社するにあたり服務規律等の遵守や守秘義務等の厳守を制約する書面です。 後述の身元保証書と併記して、身元保証人と従業員の連署とする場合もあります。
「身元保証書」については、「身元保証に関する法律(昭和8.4.1法律第42号)」に規定されています。身元保証契約の期間は5年以内(更新も可)であり(同法第2条)、身元保証人の責任は、同法第5条の保証責任の限度に従い、従業員の行為により会社が受けた損害の範囲内にとどまりますが、責任の有無、賠償額の決定については、使用者の過失の有無、身元保証人となった事由、注意の程度、職務の異動などのあらゆる事情が斟酌されることになります。身元保証人の数やどんな人物を身元保証人として指定するか(民法第450条)という問題もありますので、その旨の記載が考えられます。
「住民票記載事項の証明書」の提出についてですが、住民票又は戸籍抄本の提出については、就職の差別をなくすために、「このような書類は、一般的かつ択一的に提出させる必要は認めがたいとし、必要になった時点、例えば、家族手当を支給するため、扶養家族の確認が必要になった時点で個別的に本人に対し使用目的を告知した上で提出を求めるべきである(昭和50.2.17基発83号・婦発40号)」としています。よって、本人の確認や住所、年齢等の確認が必要であれば「住民票記載事項の証明書」の提出で足りることになります。既存の就業規則に、住民票又は戸籍抄本の提出を求める旨の記載があれば見直しをしましょう。
提出書類を網羅的にたくさん記載した場合には、雇用する労働者の特性に応じて、提出書類のうち、特に必要としないものについては、会社の判断でその一部が省略できる旨の記載をしておくとよいでしょう。特に非正社員の場合は、正社員と異なる部分が多くあると考えられますので記載にあたり検討が必要です。
採用時に限らず、会社への届出や変更届が義務づけられている書類の提出を怠ることは服務規律違反となります。例えば、家族の異動や住居の移転は、家族手当や通勤手当の支給額に影響するものであり、この届出を怠ると賃金の不正受給になり、懲戒処分の事由にも該当することになります。よって、就業規則にその旨の記載が考えられます。
規定例では、提出書類の提出期限を「採用後2週間以内」としていますが、これでは遅すぎます。出来ればもう少し早く提出を求めた方がよいでしょう。提出書類の使用目的にもよりますが、社会保険の資格取得手続や採用後の配置、給与計算業務、また、解雇の手続(14日以内の試の使用期間中の従業員を解雇する場合は解雇予告(労基法第20条)の規定が除外される(労基法第21条))等の事情を考えますと、「入社日に提出」か「入社後5日以内に提出」などとするのが適当でしょう。
外国人は、入国管理法の在留資格により、行うことのできる活動が定められており、入国の際に与えられた在留資格の範囲内で定められた在留期間に限って就労が認められています。外国人を雇用する場合は、就労させる仕事の内容が在留資格の範囲内か、在留期間が過ぎていないか等を次の書類により確認する必要があります。
また、外国人を雇入れ又は離職の際に、その外国人の労働者の氏名、在留資格、在留期間等を公共職業安定所(ハローワーク)へ届け出る必要があります。この届出の際にも前記の書類の確認が必要になります。
なお、外国人の採用について、就業規則に記載する場合は、第5条(応募時の提出書類)への記載も検討することになります。
内定通知について、最高裁は、大学卒業見込みの応募者ならびに高卒既卒者の中途採用事例において、採用内定通知は、「契約申込みに対する使用者の承諾」にあたり、誓約書の提出と相まって「始期付解雇権留保付労働契約」が成立したと示しています(大日本印刷事件:最高裁第二小法廷判決昭和54.7.20)。
「入社希望者に対しての使用者の承諾」とは、具体的には、①入社に必要な書類の提出を求めた、②入社日の通知を発行した、③勤務場所の通知や研修の案内をした、④その他採用が確定した旨の意思表示を提示した、というような行為があったことが挙げられます。
よって、この採用内定を取り消すことは、労働契約の解消にあたり、使用者の「解約権の行使」すなわち「解雇」と同じ意味になります。 解雇と同視されるのであれば、解雇権濫用法理(労働契約法第16条)の適用になりますから、客観的に合理的な理由が必要であり、社会通念上相当であると認められる理由が必要になります。この理由には、例えば、「卒業したら採用するという条件があったが、卒業できなかった」「就労ができないほどの健康を害した」「犯罪行為を犯して逮捕、起訴等をされた」などがあります。
「内定及び内定の取り消し」の項目を就業規則に記載することについては、内定段階では、まだ従業員ではないのだから就業規則の適用がないので記載は不要であるとする考え方と、民事上の労働契約が成立すれば、直ちに当該事業場の就業規則の適用を受ける「当社従業員」に該当するので記載すべきとする考え方がありますが、いずれにしても、内定について記載することになれば、合わせて、内定取り消しの事由も列挙しておくとよいでしょう。
関連する法令・判例など
【規定例】
採用とは、従業員として雇い入れることであり、法律的に言えば、「雇用」ということになり、「雇用契約」「労働契約」を締結する法律行為となります。
労働契約の締結にあたって、労働条件を明示することについて、労働基準法(第15条第1項、労規則第5条第1項)では、一定の項目を限定して「必ず書面により明示しなければならない」と規定していますが、労働契約法(第4条第2項)では、労働基準法で明示が義務づけられている以外の事項も含めて「できる限り書面により確認するもの」と規定しています。
なお、労働基準法では次の5項目について、必ず書面で明示しなければならない事項となっています。ただし、「昇給」についてのみ書面によることは不要です。
上記の③~⑤の事項は、就業規則の絶対的必要記載事項ですから、就業規則を交付することで足ります(平成11.1.29基発45号)。また、①~②は個別契約の問題ですから通常は就業規則に記載することができません。 この事項については、入社時に辞令のスタイルで示すのも一つの方法です。期間の定めのない契約は、①の記載は不要です。
なお、パートタイム労働者に対しては、労働基準法第15条第1項に定める明示事項以外に、雇い入れの際、特にトラブルになりやすい①昇給の有無、②退職手当の有無、③賞与の有無、の3つの事項について、文書交付など(3つの事項についてはパートタイム労働者が希望すれば、電子メールやファクシミリも可。)により明示しなければなりません(パートタイム労働則第2条第2項)。
<別掲 第1編第1章1(4)「労働条件通知書(サンプル)」を参照。>
就業規則規定例では、採用時の書面交付に関する規定しか記載されていません。明示された労働条件は、遅かれ早かれ変更されることになりますので、本条文の第2項として「労働条件の変更」に関する規定を追加記載しておくとよいでしょう。 一般的に、採用時にはきちんと書面で明示するものの、労働条件が変更になった時に、書面を明示していないケースが見られ、労使紛争のトラブルの原因になることがあります。就業規則にその旨を記載して、労使がしっかりと変更された労働条件を書面で確認し、トラブルを未然に防止することが必要です。
なお、労働者にとって不利益となる労働条件の変更についての考え方は、6頁第1編第1章「労働契約の変更」を参考にして下さい。
【規定例】
試用期間は、従業員としての適格性を判断する期間と言われています。多くの企業では、ミスマッチを避ける方法として、正社員を採用する場合に直ちに正式の本採用とはしないで、試用期間を設け、その期間中の勤務態度、能力、性格等を見て、本採用を決定しています。最高裁では「解雇権留保付契約」と判示しています。
試用期間の長さについては、法令上は特に定められていません。ただし、あまりにも長い期間の試用期間は、公序良俗に反するものとして好ましくありません。また、従業員や会社事情によっては、短縮、免除又は一定期間を限度として延長することも考えられますので、その旨の規定の記載も必要になるかも知れません。特に中途採用者で能力や経験等を高く評価されて入社した者は、試用期間を短縮するか又は廃止することが一般に見られます。
試用期間は、前述のとおり「解雇権留保付契約」であると解されています。よって、試用期間に従業員としての不適格性が認められれば、本採用拒否が検討されます。そして、本採用拒否が決定され、これが通知されれば「解雇」に該当することになります。
なお、試用期間中の解雇であっても、試用採用後(暦日で)14日以内の者については、労働基準法第20条に基づく解雇予告の適用が除外されますので、その旨の記載も考えられます。
【規定例】
企業が従業員の効率的な人員配置を目指した場合に、人事異動が考慮されます。
人事異動には、配置転換や転勤など企業内において職務の種類、地位、勤務場所を変更させる場合と出向、転籍、派遣のように企業間を異動させる場合の二つがあります。
「配置転換」は、同一の企業内での異動であり、勤務地が変わらず職務内容を変更する場合と勤務地が変わる場合があります。後者を「転勤」と呼んでいます。
「出向」は、企業間の異動のことをいいますが、これは、労働者の雇用先の企業(出向元)に籍を置いたまま、他の企業の事業所(出向先)に勤務する「在籍出向」と、雇用先の企業から他の企業へ籍を移して勤務する「移籍出向」に分けられます。「在籍出向」の場合は、労働者は、出向元及び出向先と二重の労働契約を締結していることになります。
「出向」とは、「出向元との何らかの労働関係を保ちながら、出向先との間において新たな労働契約関係に基づき相当期間継続的に勤務する形態(昭61.6.6基発第333号)」ですので、「在籍出向」と「移籍出向」では、使用者の法的責任が異なってきます。運用する場合、両者の取扱は区別しなければなりません。
「移籍出向」は「転籍」とも呼ばれています。「転籍」は、元の雇用先(転籍元)との雇用関係を終了させ、新しい雇用先(転籍先)の企業との雇用関係が成立することから、賃金、労働時間、休暇等の労働条件は転籍先のものに従うことになります。
「在籍出向」は、労働時間、休暇等の労働条件は出向先の企業の条件(出向先の就業規則)に従い、給与等は出向元の企業が支払うことが一般的です。ただし、すべての労働条件について出向元あるいは出向先のどちらか一方のものを適用するという出向契約もあれば、出向先の企業が基本的な給与を支払い、出向元が出向前の給与との差額を補填して支払う場合などもあり、これらについては出向元と出向先との取り決め(企業間の出向契約)ということになります。 なお、退職や定年、解雇など出向労働者の身分に関する事項については出向元の労働条件(出向元の就業規則)を適用することが多いようです。
「派遣」は、派遣元で雇用する従業員を、派遣先の指揮命令を受けて派遣先で労働させることをいい、労働者派遣法(略称)に基づいて「事業」として行われるものです。
人事異動には、様々な形態がありますので、会社の中でどのような人事異動が行われるのかを就業規則に記載しておくことになります。そして、入社の際に、労働契約書又は就業規則に人事異動の応諾義務を明示して、包括的に異動について同意を得ておくことが必要です(規定例を参照)。しかし、この時点では人事異動後の詳細な労働条件を定めることは難しいでしょうから、細かい労働条件などは人事異動の発令時に、個別に労働契約書等で明示することになるでしょう。
規定例には、「人事異動を命じられた従業員は、正当な理由なくこれを拒むことはできない。」と記載しています。これを、逆に解しますと「従業員は、正当な理由があれば拒むことはできる」ということになります。 従業員が命令を拒むことができる正当な理由には、育児や介護、家族の事情や本人の健康の問題など様々なものが考えられますが、就業規則に具体的な理由を例示列挙しておくことも、労使双方トラブル防止のために有益と考えます。 しかし、理由のすべてを詳細に網羅することはなかなか困難ですので、労使双方で信頼関係を持って、誠実に、その理由に配慮しながら判断することが必要になります。
労使間のトラブルを避けるために配慮すべきことは次のとおりです。(東亜ペイント事件:最高裁第二小法廷判決昭和61.7.14他参考)
前述のとおり、就業規則に業務の必要により人事異動を命ずる旨の記載があれば、従業員の包括的合意があったものと解釈されることについて、すべての人事異動がこれに該当するかといいますと多少無理があります。
大幅に労働条件が引き下げられるような在籍出向や会社(使用者)が変更されてしまう移籍出向(転籍)は、詳細な個別の労働条件を明示した上で対象労働者から同意を得ることが必要でしょう。 また、派遣については、派遣従業員であることの個別の同意をとることが法令上(派遣法第32条第2項)で義務づけられています。 よって、これらの人事異動が想定されるのであれば、就業規則にその旨の記載が検討されることになります。
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