====== 第6章 賃金 ====== <本章の規定>  賃金(給与)は、従業員にとって唯一の生活の収入源であることから最も重要な労働条件の一つです。就業規則において、賃金に関する事項は絶対的必要記載事項であり、[[https://www.kannosrfp.com/hourei/doku.php?id=第九章_就業規則#第八十九条_作成及び届出の義務|労働基準法第89条]]第2号において「賃金の決定、計算及び支払の方法、賃金の締切り及び支払の時期並びに昇給に関する事項」は、必ず記載しなければならない事項として定めています。  また、賃金は、[[https://www.kannosrfp.com/hourei/doku.php?id=第三章_賃金#第二十四条_賃金の支払|労働基準法第24条]]の適用を受け、臨時に支払われる賃金(賞与等)など一定のものを除いて、①通貨払い、②直接払い、③全額払い、④毎月1回以上、⑤一定の期日払い、といういわゆる「賃金支払の5原則」に基づき支払わなければなりません。  規定を定める場合には、これらに関する法律を認識して自社の実態に合わせて定めることが必要です。  賃金は、労使双方の利害が直接結びつく問題であるばかりではなく、その額の決定要素(職位、能力評価等)は、労務管理面からみても従業員のモチベーション、生産性にも影響するものです。 したがって、賃金規程の作成にあたっては、賃金体系の設計や人事制度と関連付けて慎重に規定しなければなりません。  このように賃金の規定は、各条項について法的及び労務管理の両面から検討して作成しなければならず、条項数が多くなることもあるため「賃金規程」又は「給与規程」として、就業規則本則では委任規定を定め、別規則として定めるのが一般的です。  賞与も賃金の一部です。しかし、賞与は労働基準法上に義務づけられているものではありません。ただし、賞与を支給することがある場合には、賃金と同様にその支給時期、支給条件等を就業規則で明らかにしておくことが必要です。この点については、退職金も同様です。  以下の解説においては、委任規定を前提に作成上の主なポイントとトラブルの要因となる点をまとめることとします。 ===== 作成のポイント●29 賃金の委任規定 ===== 【規定例】 * 第●条(賃金) * 従業員の賃金(給与)に関する事項は、別に定める賃金規程(給与規程)による。 ==== 1.賃金の決定 ====  賃金の決定にあたっては、賃金の構成(賃金体系)がどのようになっているかを定めなければなりません。 一般に賃金は、基準内賃金としての基本給、諸手当(役職手当、住宅手当、家族手当、通勤手当等)、基準外賃金としての時間外手当、休日出勤手当、深夜手当等のほかに、特別給与としての賞与があります。  また、基本給の決定は、年齢や勤続を加味した属人的要素に基づく年齢給や勤続給、職務遂行能力や職務の重要度・困難度を加味した仕事給要素に基づく職能給・職務給など、その会社によって様々です。規定を定める場合には、自社において、どのような要素をもとに決定するかを規定すべきでしょう。  ただし、その詳細な決定方法は人事制度・人事考課制度と関連するので、その詳細までを規定しなければならないものではありません。賃金規程においては、前述の賃金構成を規定することで足ります。 ==== 2.賃金の締切日及び支払日 ====  まず、賃金の締切日を定めなければなりません。「賃金の締切日」とは、毎月1回賃金を支払うこととすると、毎月、月の何日から何日までの労働に対して支払うのか、その計算の対象となる期間の締め日を示すものです。 例えば「賃金は前月21日から当月20日で締め当月25日に支払う」というように、賃金の種類の如何にかかわらず、締切日及び支払日を一致させるように定めることで事務処理を簡素化できます。  支払日は、「毎月○日」とか「月の末日」というように支払日が特定され、その期日が周期的に到来するように定めなければならず、「毎月第3水曜日」というように月の暦によって、支払日が変動するような定め方は認められません。 ==== 3.賃金の支払方法 ====  賃金は通貨で、その全額を、直接労働者に支払うのが原則ですが、それぞれに例外が認められています。 通貨払いの例外として、法令又は労働協約で定めた場合に現物で支払うことができますが、現在、法令で定めたものはありません。通勤手当を定期券現物で支払う会社がありますが、それが認められるのは、その会社に労働者の過半数で組織する労働組合があり、その組合との労働協約で定めた場合に限ります。  また、今は、賃金の口座振込みは一般的になっています。賃金を口座振込みにより支払う場合には、従業員の同意を得て、その従業員の指定する銀行その他金融機関の従業員名義の預金又は貯金口座へ振込み、所定の賃金支払日に払い出し得るようにしなければなりません。したがって、その旨を定めておくことです。 ==== 4.賃金の控除 ====  賃金の全額払いの例外として、予め控除できるものには、所得税、地方税、社会保険料、雇用保険料など、法令で源泉控除が認められているもののほか、賃金控除に関する労使協定の締結によって認められるものがあります。例えば、社内預金、組合費、社宅費などです。このように予め控除するものがあるときは、その項目を定めておくことです。 ==== 5.その他の検討事項 ==== * ・会社の貸付金を従業員に支払う賃金と相殺することを定める規定の記載の検討 * ・遅刻・早退・欠勤等不就労時間に関する賃金控除の計算方法の規定の記載の検討 * ・時間外労働等労働時間を端数処理する場合の規定の記載の検討 * ・支払賃金総額を端数処理する場合の規定の記載の検討 * ・割増賃金の計算方法の規定の記載の検討 ==== 関係する法令・判例など ==== * ・労働基準法第24条(賃金支払の原則) * ・行政通達・昭和63.1.1基発第1号(賃金の口座払い) * ・関西精機事件:最高裁第二小法廷判決昭和31.11.2(会社の従業員に対する債権と従業員の賃金債務の相殺) ===== 作成のポイント●30 昇給 ===== 【規定例】 * 第●条(昇給) * 賃金は、毎年4月1日に***円を基準として従業員の勤務成績及び能力等を勘案して行う。 ==== 1.昇給に関する事項 ====  昇給に関する事項は、就業規則において、昇給時期と昇給の基礎となる賃金、方法などを明らかにしなければなりません。昇給には、通常、定期昇給と特別な場合に臨時的に行われる臨時昇給などがあります。特に注意しなければならないのは定期昇給に関して定める場合です。規定例のように、「毎年4月1日に行う***円を行う」旨を規定した場合には、業績等の如何に関わらず、4月1日に自動的に少なくとも***円の昇給を確約したことになります。 しかし、会社の経営状況の変化によっては、昇給停止もあります。また、人事考課制度を導入しているなどの場合には、降給することもあります。  したがって、昇給を定める場合には、金額等の基準を設けることなく、また「ただし書」を設けて、会社の業績が低下した場合やその他やむを得ない事由がある場合には、昇給時期を延期することもあること又は昇給しないこともありえることを定めておくべきでしょう。 ==== 2.その他検討事項 ==== * ・賃金体系に基づき、昇給の基礎となる賃金の範囲を明確にすることの検討 ==== 関係する法令・判例など ==== * ・労働基準法第89条 * ・高見澤電機製作所事件:東京高裁判決平成17.7.30(定期昇給と労働慣行) * ・アーク証券事件:東京地裁判決平成8.12.11(就業規則に明確な根拠のない降給) ===== 作成のポイント●31 割増賃金 ===== 【規定例】 * 第●条(割増賃金) * 所定労働時間外、所定の休日及び深夜業に労働した場合には、[[https://www.kannosrfp.com/hourei/doku.php?id=第四章_休日_割増賃金等#第三十七条_時間外_休日及び深夜の割増賃金|労働基準法第37条]]に基づき計算した割増賃金を支払う。ただし、業務手当として、時間外労働30時間相当分を支払う。 ==== 1.時間外労働・休日労働に伴う割増賃金 ====  時間外労働、休日労働、深夜業(午後10時から午前5時まで)をさせたときには、その労働時間について、所定の割増率(時間外労働:2割5分以上、休日労働:3割5分以上、深夜業:2割5分以上)で計算した賃金を、残業手当、休日出勤手当、深夜手当として支払わなければなりません。なお、規定を定める場合には、給与計算等実務上の面からも、それぞれの手当について労働基準法第37条に基づき具体的な計算式を記載しておくべきです。  ただし、労働基準法上、割増賃金の支払義務が生じるのは法定労働時間(原則:1週40時間、1日8時間)を超えて労働させた場合、法定休日(週1回)に労働させた場合又は深夜業に労働させた場合です。したがって、会社の定める所定労働時間が法定労働時間内であれば、その所定労働時間を超えて労働させても、休日労働と深夜業を除き、法定労働時間を超えない限り、割増賃金を支払う必要はありません。完全週休2日制を採用している場合などで、週1回の休日が確保されている限り、もう1日の休日に労働させても休日労働としての割増賃金を支払う必要はありません。この場合、週の法定労働時間を超えない限り通常の1時間当たりの賃金を支払うことで足ります。 しかし、規定例のように、所定労働時間を超え、又は所定の休日に労働した場合にも割増賃金を支払う旨を定めると、法定労働時間を超えていない場合でも割増賃金を支払わなければなりません。  なお、平成22年4月から施行される労働基準法の改正により、月45時間を超える時間外労働については2割5分を超える率で計算した割増賃金を支払うことが努力義務となります。さらに、月60時間を超える時間外労働については5割以上の率で計算した割増賃金を支払うか労使協定の締結により代替休暇を与えるかのいずれかの措置を講じなければならないことになります(業種に応じて一定規模以下の企業には猶予措置あり)。 ==== 2.割増賃金の算定基礎となる賃金 ====  割増賃金の1時間当たりの単価の算定基礎となる賃金は、基本給だけではありません。割増賃金の算定の基礎から除外できる賃金は、①家族手当、②通勤手当、③別居手当、④子女教育手当、⑤住宅手当、⑥臨時に支払われる賃金、⑦1箇月を超える期間ごとに支払われる賃金の7つです。ただし、①及び⑤は、それが家族数や家賃等の実態に応じたものでなく一律に支払われているものは、算定の基礎に含めなければなりません。 したがって、①~⑦の除外賃金以外のものは、役付手当、資格手当等その名称を問わず定額で支払われている場合には、割増賃金の算定の基礎に含めなければならず、規定を作成するときには注意しなければなりません。 ==== 3.定額残業手当の支給 ====  規定例のように、残業抑止と残業手当の削減等を目的として、割増賃金(残業手当)の定額支給を定める場合があります。残業手当を定額で支給することは何ら問題はありません。ただし、実際に残業した時間に基づき計算した割増賃金が、定額で支給されている残業手当を超えた場合は、その差額を支払う必要があります。  また、営業手当などの名目で一定時間数の残業手当をその手当に含めて定額支給する場合もあります。この場合には、その金額のうちのいくらが残業手当であり、かつ何時間分に相当する額が含まれているのかを明確に区分しなければなりません。これらの条件を満たさないと「賃金不払い残業」となる恐れがあるので注意が必要です。  したがって、定額残業代の規定を設ける場合には、定額残業代は何時間相当分なのかを明確に規定し、かつ、その時間を超えた時間外労働については実態に応じて割増賃金を支払う旨を定めておくべきでしょう。 ==== 4.その他の検討事項 ==== * ・監督若しくは管理の地位にある者([[https://www.kannosrfp.com/hourei/doku.php?id=第四章_その他#第四十一条の二|労基法第41条第2号]]該当者)の範囲を明確にした上での除外規定の検討 * ・年俸制を導入している場合の割増賃金の規定の検討 ==== 関係する法令・判例など ==== * ・[[https://www.kannosrfp.com/hourei/doku.php?id=第四章_休日_割増賃金等#第三十七条_時間外_休日及び深夜の割増賃金|労働基準法第37条]](割増賃金)、同法第37条第4項・同法施行規則第21条(割増賃金の計算の基礎に含めない賃金) * ・行政通達:昭和22.11.5基発231号、昭和22.12.26基発572号(一律に支給される手当は除外賃金に該当しない) * ・関西ソニー販売事件:大阪地裁判決昭和63.10.26(定額残業代を上回る残業に対する残業代の支払) * ・共同輸送賃金等請求事件:大阪地裁判決平成9.12.24(残業代込みの手当に関する区分) ===== 作成のポイント●32 賞与 ===== 【規定例】 * 第●条(賞与) * 賞与は、毎年7月及び12月に会社の業績を考慮して支給する。ただし、会社の業績が著しく低下している場合その他経営上やむを得ない場合には支給しないこともある。 ==== 1.賞与の支給と支給対象者 ====  賞与は、法律上当然に使用者が支払義務を負うものではなく、規定例のように就業規則などにより支給基準が定められている場合や、確立した労使慣行によりこれと同様の合意が成立していると認められる場合に、労働契約上支払い義務を負うものです。  しかし、その場合でも、規定例ただし書のように「支給しないこともある」と規定しておくことで、業績等に応じて支給しないことがあって問題はありません。  また、パートタイマーなどの非正規従業員に対しては賞与が支払われないことも少なくないと思われますが、それが有効となるのは労働契約を締結する際に、その旨を定めているからです。同様に就業規則においても、賞与の支給対象となる労働者の範囲を明確にしておくべきでしょう。 賞与の支払時期や支払日を確定すると、支給する場合にはその時期及びその支払日に支払義務が生じますので、「原則として」又は「支給時期又は支払日を遅れることもある」などと定めることも考えられます。 ==== 2.支払日在籍要件及び支払査定期間 ====  賞与の支払査定期間を設けて、その全部または一部を勤務したにもかかわらず支給日前に退職した者に賞与を支給しないという取扱いは有効かという問題があります。判例では、支給日在籍条項の定めを合理的なものと認めているケースが多く、支給日に労働者が退職している場合には賞与を支給しなくても有効と解する判断が一般的な傾向です。  しかし、こうした規定は、労働者が退職の日を自由に選択できる自発的退職者についてのみ有効とする傾向にあります。つまり、定年や人員整理等の会社都合による退職の場合には、退職日を労働者本人が選択することができず、不利益を被ることがあるからです。したがって、支給日在籍条項は設けることに問題はないものの、労働者の自発的退職の場合だけに合理性があると考えるのが、法的には妥当なところでしょう。  また、支給日在籍要件でいう「支給日」とは、賞与が支給される予定の日であり、労使交渉で現実の支給が遅れたりした場合には、仮に現実の支給日前に退職したとしても、支給予定日に在籍していれば賞与を受け取る権利はあるものと考えられてます。 ==== 関係する法令・判例など ==== * ・[[https://www.kannosrfp.com/hourei/doku.php?id=第九章_就業規則#第八十九条_作成及び届出の義務|労働基準法第89条]]第4号(就業規則、臨時の賃金) * ・大和銀行事件:最高裁第一小法廷判決昭和57.10.7(賞与支給日在籍要件を有効とするもの) * ・須賀工業事件:東京地裁判決平成12.2.14(賞与支給日在籍要件と支給日の遅延) ====== 就業規則作成・見直ポイントの関連ページ ====== {{page>[就業作成_0]#[就業規則作成・見直ポイントの関連ページ]}}