明示義務
労働基準法 実務解説シリーズ

労働条件の明示義務
労働基準法第15条を正しく理解する

労働契約の締結・更新のたびに発生する「明示義務」。何を・どの方法で・いつ明示すべきか、 違反した場合の罰則まで、経営者・労務担当者向けに e-Gov法令API(法令データ提供API)で取得した 条文原文に基づき整理しました。

対象読者:経営者/人事・労務担当者 根拠法令:労働基準法第15条・第120条、労働基準法施行規則第5条 データ出典:e-Gov法令検索 法令API(現行施行版)
01

労基法第15条の概要

使用者は、労働者と労働契約を結ぶ際、賃金・労働時間その他の労働条件を必ず明示しなければなりません。 これは正社員・パート・アルバイト・有期契約労働者など、雇用形態を問わずすべての労働契約に適用される、 使用者の基本的な義務です。

労働基準法 第15条(労働条件の明示)

使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない。
この場合において、賃金及び労働時間に関する事項その他の厚生労働省令で定める事項については、 厚生労働省令で定める方法により明示しなければならない。

ポイントは、労働条件の明示には「口頭でもよい事項」と「厚生労働省令で定める方法(原則書面)で 明示しなければならない事項」の2段階があるという点です。次章で具体的に整理します。

02

明示すべき労働条件(一覧)

労働基準法施行規則第5条に、明示すべき事項が列挙されています。大きく分けると、 「必ず明示する事項(絶対的明示事項)」「定めをした場合にのみ明示する事項(相対的明示事項)」 の2種類があり、さらに絶対的明示事項の中でも書面(原則)での明示が必須の事項が定められています。

絶対的明示 必ず明示(有期契約等は条件付き) 書面必須 書面等の方法で明示が必要 相対的明示 制度がある場合のみ明示 2024年新設 2024年4月改正で追加

絶対的明示事項(必ず明示)

項目明示すべき内容区分
①労働契約の期間期間の定めの有無、期間の定めがある場合はその期間絶対的 書面必須
①の2 更新の基準有期契約を更新する場合がある契約について、更新の基準(通算契約期間・更新回数の上限を含む)絶対的(有期契約更新ありうる場合)
①の3 就業場所・業務内容就業の場所及び従事すべき業務(変更の範囲を含む)絶対的 書面必須 2024年~
②労働時間関係始業・終業時刻、所定時間外労働の有無、休憩時間、休日、休暇、交替制勤務の場合の就業時転換絶対的 書面必須
③賃金(基本部分)賃金の決定・計算・支払方法、締切り・支払時期(昇給を除き書面必須)、昇給に関する事項絶対的 書面必須(昇給を除く)
④退職に関する事項退職の事由(解雇の事由を含む)、手続絶対的 書面必須

相対的明示事項(制度がある場合のみ明示)

項目明示すべき内容
④の2 退職手当適用範囲、決定・計算・支払方法、支払時期
⑤臨時の賃金等賞与、臨時に支払われる賃金、最低賃金額に関する事項
⑥労働者負担食費、作業用品その他労働者に負担させるものに関する事項
⑦安全衛生安全及び衛生に関する事項
⑧職業訓練職業訓練に関する事項
⑨災害補償等災害補償、業務外の傷病扶助に関する事項
⑩表彰・制裁種類及び程度に関する事項
⑪休職休職に関する事項
労働基準法施行規則 第5条

使用者が法第十五条第一項前段の規定により労働者に対して明示しなければならない労働条件は、 次に掲げるものとする…(第一号から第十一号)。使用者は、明示しなければならない労働条件を 事実と異なるものとしてはならない。

03

明示の方法(書面・FAX・電子メール等)

書面必須とされる事項(前章「書面必須」タグの項目)は、原則として書面を交付して明示します。 ただし労働者本人が希望した場合に限り、以下のいずれかの方法によることも認められています。

  • ファクシミリ(FAX)を利用した送信
  • 電子メールその他のSNS・メッセージアプリ等(受信者を特定できる電気通信)による送信
    ※ 労働者が記録を出力して書面化できるものに限る

実務上の注意:「口頭で伝えたから大丈夫」「メールを送ったが労働者が確認していない」は リスクが残ります。労働者本人の希望に基づく方法であることの記録(希望の申出書、同意メール等) を残しておくことをおすすめします。

04

2024年4月改正の追加ポイント

労働基準法施行規則の改正により、2024年4月1日以降に締結・更新される労働契約から、 明示事項が拡充されています。特に有期契約労働者を雇用する事業所(トラック運送、 葬祭、建設、食品製造、介護など)は対応漏れが生じやすいため要注意です。

2024年4月〜 追加された明示事項
就業場所・業務の変更の範囲 すべての労働者が対象。将来の配置転換・出向等であり得る就業場所・業務の範囲まで明示。
更新上限の明示 有期契約労働者が対象。通算契約期間または更新回数に上限がある場合、その上限を明示。
無期転換申込みに関する事項 無期転換ルール(労働契約法18条1項)の対象となる契約更新時に、無期転換の申込みができる旨と、転換後の労働条件を明示。
05

明示内容が事実と相違した場合

明示された労働条件が採用後に事実と異なっていた場合、労働者には強力な救済手段が認められています。

労働基準法 第15条2項・3項

前項の規定によつて明示された労働条件が事実と相違する場合においては、労働者は、即時に労働契約を 解除することができる。
前項の場合、就業のために住居を変更した労働者が、契約解除の日から十四日以内に帰郷する場合においては、 使用者は、必要な旅費を負担しなければならない。

  • 即時解除権:通常の退職と異なり、労働者は予告なく即座に契約を解除できます。
  • 帰郷旅費の負担:入社にあたり転居した労働者が、契約解除から14日以内に帰郷する場合、 使用者は必要な旅費を負担する義務があります。

求人票・募集要項と実際の労働条件(特に賃金額・就業場所・契約期間)が食い違うと、 この解除権行使に加え、後述の罰則やトラブル・企業イメージの毀損にもつながります。 募集条件と労働契約書の内容は必ず一致させましょう。

06

罰則

30万円以下 の罰金

労働条件の明示義務(第15条1項)または帰郷旅費の負担義務(第15条3項)に違反した使用者は、 労働基準法第120条により30万円以下の罰金に処されます。両罰規定により、行為者だけでなく 法人(事業主)も罰金の対象となり得ます。

労働基準法 第120条(一部抜粋)

次の各号のいずれかに該当する者は、三十万円以下の罰金に処する。
一 第十四条、第十五条第一項若しくは第三項…の規定に違反した者

なお、罰則の有無にかかわらず、明示義務違反は労働基準監督署の是正勧告・指導の対象となり、 是正が繰り返されない場合や悪質性が高い場合は書類送検に至るケースもあります。 金額の大小よりも、労使トラブルの火種を未然に防ぐという観点で徹底管理が重要です。

07

実務チェックリスト

  • 労働条件通知書(兼 労働契約書)のひな形に、就業場所・業務の「変更の範囲」欄があるか
  • 有期契約者について、更新上限の有無・内容を明示しているか(新設・変更した場合は既存契約者にも周知)
  • 無期転換申込みの対象となるタイミングで、その旨と転換後の労働条件を明示できているか
  • 賃金・労働時間・退職に関する事項など書面必須項目を、口頭のみで済ませていないか
  • FAX・電子メール等で明示する場合、労働者本人の希望であることを記録しているか
  • 求人票・募集要項の内容と、実際に交付する労働条件通知書の内容が一致しているか
  • 試用期間中に労働条件が変わる場合、その旨も明示できているか